温度コントロールの悪い火入機では思い切った火入れができません。

これは強い火が入らないことを意味します。強い火をいれようとすると高温域のお茶が赤く変色し、焦げ香を発生するからです。

もう少し強く火入れしたいのにお茶の色が変わってしまうことが怖くて出来ない経験をお持ちの方も多いと思います。

まだ生の部分が残っているのに・・・ジレンマですね。

お茶の色を保ったまま火を入れるためはできるだけ短時間で熱エネルギーを与えることが必要です。

ドラム式火入機のように熱の伝達が接触による伝導熱を利用している火入れ原理の機械では火入れ時間の問題でに温度ムラを防ぐことは出来ません。何時間もドラムで擦るわけにはいきません。

どうしたらムラなく短時間で加熱できるでしょうか。

ところで中学生の時、物理学で、熱の移動には伝導・対流・輻射の3通りがあると習いましたね。

伝導は直火のように接触することにより熱を伝えます。

対流とは自動乾燥機のように一度空気を暖め、空気の熱をお茶に伝える方式ですが短時間という意味では火入れに全く適しません。予備乾燥であればいいのですが。

上記の短時間の熱の伝達という目的では輻射熱を利用するのがベストだと思われます。これは空気などを媒介せずに直接熱を伝えるため燃料消費量も最小限ですみ、とってもエコです。

但しお茶を厚い層にしてはいけません。天日干しのように原料を薄く広げて輻射熱で短時間に熱エネルギーの伝達を行うのが条件です。

遠赤外線はお茶の色を緑色のまま加熱することのできる特性を持っています。

輻射熱という点では、マイクロ波も同じ電磁波ですが電力をかなり使うためこちらはエコではありません。しかもエネルギーが高すぎて(波長が長すぎて)葉緑素を破壊する危険性があります。

焦げ香の正体

ところでさきほど焦げ香といいましたが焦げ香の正体とは一体何でしょう。

アミノ酸のテアニンとかカテキン、カフェイン等お茶の旨み成分について語られることが多いのですが、香り成分についてはあまりに複雑なため語られることは少ないように思います。

しかし基本的な香り成分については多くの研究者により解明されています。

緑茶の香り成分は何十種類もありその組合せで何百もの要素で構成されているのですが、基本は大きく分けて3種類だと言われています。

新茶の香り | モノテルペンアルコール系のリナロール、ゲラニオール等
これらの成分比率(テルペン指標)で香りが微妙に変化します。
お茶の香りの基本をなす成分です。
玉露や被せ茶の香り | 独特の甘い香りです。
ジメチルスルフィドという成分がその正体です。
アミノ酸であるSメチルメチオニンが熱により変化したもので アミノ酸を多く含むゆたかみどりなどの被せ茶には豊富にあり、お茶の香りの最も魅力的な成分ともいえます。磯の香りともいわれ海苔にも多く含まれています。実は普通煎茶にも多く含まれていますので、この成分を上手に引き出すことでお茶の魅力をアップさせることが大変重要であると思います。
ほうじ香 | ピロール類、ピラジン類
香ばしい ほうじ茶の香り 焦げ香に最も近い香り成分ですがほうじ香は焦げ香とイコールではありません。ピロール、ピラジン類もアミノ酸が多いほど良い香りになります。
焙じといってもけして焦がしてはいけません。高温で甘みを引き出します。

上記の3種類の香り成分のどの部分を引き出すかが火入れの目的になります。

新茶の新芽の香りをどう生かして火入れをするか、被せ茶の甘い香りをどう引き出すのか、香ばしい火をお茶を焦がさずに何度でほうじ茶を作るか等、原料と目的に応じて機械をコントロールするのが火入れの技術です。

これらの3つの香り成分は加熱によって生成される温度帯がそれぞれ、ある狭い範囲で決まっていると思われます。

残念ながらこの3大成分の発生温度についてご紹介できる正式なデータは入手できませんでした。しかし、私のつたない経験で述べさせていただきますとおおよそ次のようになります。もちろんお茶によって様々ですのでご参考まで。

3大成分の発生温度

新茶の香り
常温での荒茶は保存中に吸収したの異臭を伴っていますので、予備加熱をしてそれらの雑多な香りを排出しなければなりません。
予備加熱は70度以上は必要です。おおよそ80度前後の加熱で新芽のフレッシュな香りが感じとれます。
あまり高温では消えてしまいます。
玉露や被せ茶の香り
100度から120度前後で、お茶から生まれたとは信じられないほど甘い香りが出てきます。
玉露などの被せ茶はもちろんですが、普通に管理された畑のお茶であれば普通煎茶でも感じ取ることが出来ます。
よく管理された茶畑であれば二番茶でも甘い香りを十分経験できます。
但し、過度の予備乾燥等で水分が十分に残っていないお茶は難しいかも知れません。水分と香り成分は分子結合していますので水分乾燥とともに消失してしまうと思われます。
ほうじ香 | ピロール類、ピラジン類
皆様ご存知のように130度~140度以上になると香ばしさが感知できます。
特に直火の場合、粉の火入れの際は注意が必要です。

火入れの際、温度管理がしっかり出来れば、香りのデータは自分で採取可能です。
火入れしたい原料を徐々に加熱して、良い香りの出る温度帯を探りあてればいいのですから。
いろいろなお茶で火入れをすることにより自分だけのデータの蓄積をして下さい。これこそが本当の火入れ技術であり、ノウハウだと思います。

繰り返しになりますが温度ムラのできる火入機ではどの香りを出したいのか焦点を合わせることが難しい作業です。

<新鮮な香りリナロール、ゲラ二オール>を引き出す場合は低温度帯であるため比較的簡単かもしれません。

しかし、問題なのは2番目のお茶の<ジメチルスルフィドによる甘い香り>を引き出す時です。

お茶が110~120度くらいにならないと発生しませんが、お茶の一部でも高温になると<ほうじ香>であるピロール類の焦げ香が同時に顔を出す可能性がある訳です。

2つの香り成分が混在してしまい、雑多な香りになります。

一般的にどんなお茶でも火入れをしますと3つの香り成分を含めた何十以上もの様々な香りが混在した状態になります。

香りのなかにはオフフレーバーと呼ばれる不快な香りも発生します。(いわゆる番茶臭い(番臭)においもその仲間です。)

火入れにより、あらゆる香りが混在し、それぞれの芳香がまざり合い、美しいハーモニーになればいいのですが、不安定な温度制御下ではそれぞれの香りを打ち消しあう雑多な香りになってしまう可能性が高いのです。

これは火入れに際してもっとも避けなければならない状況であると思いますがなぜか今まで問題視されてきませんでした。

実際の火入れでは<ほうじ香>の一歩手前で火入れを完了していると思いますが、それは同時にお茶の<ジメチルスルフィドによる甘い香り>を切り捨てることを意味します。

出来る限り、目的に合わせた良い香りだを引き出すことこそ火入れの意義です。そのためには一定の温度コントロールは火入れにとって不可欠な要素なのです。

私個人的な思いは、お茶の香り成分2つ目の<ジメチルスルフィドによる甘い香り>を最大限に引き出すことにより緑茶の魅力は倍増します。

皆さんどうかこの香りを体験してみてください。リーフ茶の復権のヒントがここにあると確信しています。